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大阪地方裁判所 昭和56年(ワ)992号 判決

原告

藤本一馬

被告

渋谷昭三

ほか二名

主文

1  被告らは、原告に対し、各自二一三万七三四八円及びこれに対する昭和五三年一二月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、これを四分し、その一を被告らの、その余を原告の各負担とする。

4  この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一申立

一  原告

1  被告らは連帯して原告に対し、九一〇万七六九一円及びこれに対する昭和五三年一二月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五三年一二月一〇日午後二時一五分頃

(二) 場所 八尾市南太子堂二丁目二番一六号

(三) 事故車

(1) 被告渋谷運転の普通乗用自動車(泉五五た六五四四、以下渋谷車と略称)

(2) 被告竹島運転の普通乗用自動車(八大阪に一一七八、以下竹島車と略称)

(四) 被害車 原告(昭和四九年七月二九日生)

(五) 態様 渋谷車と竹島車が交差点において出合頭に衝突し、その衝突により竹島車が逸走反転して、同車後部を三輪車に乗つた原告に衝突し跳ねとばしたもの

2  帰責事由

(一) 不法行為責任(被告渋谷、被告竹島)

被告渋谷は渋谷車を運転して西から東へ進行し、被告竹島は竹島車を運転して南から北へ進行し、いずれも本件事故現場交差点にさしかかり直進するにあたり、双方とも左右の見透しが困難であつたから、一時停止又は徐行して左右の交通の安全を確認すべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然と進行した過失により、渋谷車の前部と竹島車の左側前部とを衝突させ、その衝撃により竹島車が北方に逸走し、被告竹島が狼狽して急ブレーキを踏み、運転を誤つて同車を反転させ、おりから北方で三輪車に乗つていた原告に竹島車後部を接触させ跳ねとばしたものである。

従つて、被告渋谷及び被告竹島は、民法七〇九条、七一九条の責任を負う。

(二) 運行供用者責任(被告渋谷、被告稲城)

被告渋谷は渋谷車を所有し、被告稲城は竹島車を所有し、それぞれ自己のために運行の用に供していたものであるから、いずれも自賠法三条の責任を負う。

3  損害

(一) 受傷

原告は本件事故により頭部頸部右下腿打撲、頭部外傷Ⅱ型、外傷後てんかんの傷害を受け、昭和五三年一二月一〇日から昭和五四年一月一一日まで八尾徳洲会病院に通院し、同月一八日から現在まで北野病院に通院治療中であり、原告の後遺障害等級は九級一三号に該当するが、てんかん発作による脳細胞の損傷、白血球減少、貧血症をおさえるため抗痙れん剤を服用し、医師から長期服用の必要ありといわれているものの、五年以上の服用は薬害による障害のある旨言渡されている。

(二) 治療費 三六万五二三〇円

(1) 八尾徳洲会病院 四万〇四一〇円

(2) 北野病院 二六万六六六〇円

昭和五四年一月一八日から昭和五六年一二月二二日までの分

(3) 山本診療所 五万八一六〇円

(三) 通院関係 五〇万一六一二円

(1) 通院交通費 九万七二六〇円

昭和五六年一二月二二日までの分

(2) 通院付添費 二九万二三五二円

原告の母喜代子は昭和一八年三月七日生で主婦及び夫昇のプラスチツク加工業の事務を手伝つているものであつて、昭和五三年度賃金センサス第一巻第一表産業計企業規模計学歴計女子労働者三五ないし三九歳給与額一六六万七四〇〇円相当の収入を得ているものであるが、原告が幼少のため、昭和五三年一二月一〇日から昭和五六年一二月二二日までの間に六四日通院し、これに付添を要した。その損失の計算は、右一六六万七四〇〇円を年間日数三六五で除し通院日数六四を乗じて得た二九万二三五二円となる。

(3) 通院中子守費 一一万二〇〇〇円

原告の父母には長女智子昭和五二年一二月一九日生の幼児があり、母喜代子は原告を昭和五四年一月一八日から北野病院に通院させるにつき、原告の病状と長女智子を伴うことからタクシーを利用していたところ、同年二月中旬ころ被告渋谷とその保険契約会社住友海上火災株式会社の係員河村(同係員は被告竹島からも原告との損害交渉を依頼されていた)から、通院の毎に長女智子の子守料として二〇〇〇円を支払うから誰かに子守を頼み、原告の通院にはなるべくバスや電車を利用してもらいたい旨の申出があり、右通院中子守費は右申出による昭和五六年一二月二二日までの分である。

(四) 逸失利益 九六二万四三一一円

原告は前記後遺障害により労働能力の三五パーセント以上を喪失したので、逸失利益は昭和五四年度賃金センサス第一巻第一表産業計企業規模計学歴計男子労働者一八歳給与額一四二万四三〇〇円にその五パーセントを加算しホフマン係数一八・三八七を乗じた額の三五パーセントである九六二万四三一一円となる。

(五) 慰藉料 七〇〇万円

(1) 通院分 三〇〇万円

(2) 後遺症分 四〇〇万円

(六) 物損 二万円

三輪車分

(七) 弁護士費用 一〇〇万円

(八) 合計 一八五一万一一五三円

4  損害の填補

(一) 自賠責保険から(被告渋谷関係、被告稲城関係から各四三三万円)合計八六六万円

(二) 被告渋谷から治療費、交通費、付添費の内金として、三六万〇六八〇円

(三) 合計 九〇二万〇六八〇円

5  結論

以上の次第で、原告は、被告らに対し、連帯して前記3の損害金合計から前記4の填補額を控除した残額のうち九一〇万七六九一円及びこれに対する本件事故の翌日である昭和五三年一二月一一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告らの主張

(被告渋谷)

1 請求原因1(一)ないし(四)は認め、(五)は争う。

2 同2のうち、被告渋谷が渋谷車の保有者であること及び本件事故について被告渋谷に過失があることは認め、その余は争う。

本件事故は交差点での出合い頭の衝突事故であるが、被告竹島が現場付近の地理にくらく、前方が行き止まりであることを知らずにそのまま減速もせず南から北へ進行したのに対し、被告渋谷は現場付近の地理を熟知していたので、まさか行き止まりの南北道路を北進する車があるとは考えず、交差点を西から東へ進行したものである。被告竹島は衝突するまで渋谷車に気付かずブレーキ操作すら行つていないのに対し、被告渋谷は衝突直前に竹島車を発見し急ブレーキをかけているほか、衝突後竹島車がそのまま前方へ進行していることからみて竹島車の方が渋谷車よりも速度を出していたと考えられる。以上のとおり、本件事故の過失の大半は被告竹島にある。

3 同3は争う。

(一) 同3(一)のてんかんについては本件事故と因果関係がない。

てんかんの原因としては、外傷以外にも出産時障害、先天性疾患その他種々のものが考えられ、外傷性てんかんと判定するには左の要件を充足することが必要といわれている。

(1) 発作はまさにてんかん発作である。

(2) 患者は受傷前にてんかん発作を示さない。

(3) 患者はてんかん発作を起こす可能性のある他の全身性または脳の疾患をもたない。

(4) 外傷は脳に損傷を起こすほどのものである(頭皮挫傷も受傷後の意識障害もない軽い頭部打撲では脳損傷を起こし得ない)。

(5) 最初のてんかん発作は受傷後あまり時間が経つていない。

(6) てんかん発作の型、脳波所見と脳の損傷部位が関連している。

ところで、本件においては明らかに右各要件は充足されていない。原告は二歳のころ一度熱性けいれんを起こしたことがあるので(2)(3)の要件を充足しないものといい得るし、本件事故による原告の受傷は前額部打撲にすぎず意識消失はなかつたから(4)の要件を充足しないし、また、脳波の異常所見は左後頭部にみられ、受傷部位である前額部にはなく、脳波所見と受傷部位に関連性がみられないので(6)の要件も充たさない。

以上のとおり、本件事故とてんかんとの間には因果関係は存在しないし、医師の診断も「外傷性てんかん」ではなく、「外傷後てんかん」とされたのも当然である。

(二) 同3(二)(1)の治療費四万〇四一〇円は四万六〇九〇円が正しい。

4 同4は認める。なお、右治療費の差額五六八〇円は被告渋谷が負担したから、(二)は三六万六三六〇円となる。

(被告竹島、被告稲城)

1 請求原因1(一)ないし(四)は認め、(五)は争う。

2 同2のうち、被告竹島に過失があるとの点は争い、その余は認める。

被告竹島は、交差点の手前で一且停止し、左右の安全確認を行つたが、他に交差点に進入しようとする車両がみあたらなかつたため、再発進し交差点に進入したところ、相当の高速度のまま徐行もしないであとから交差点に進入してきた渋谷車が竹島車の左後側部に衝突したもので、被告竹島に過失はない。

3 同3は争う。てんかんについては本件事故と因果関係があるとはいえない。原告は本件事故時に意識消失をしておらず、意識消失を伴わない軽い頭部打撲によりてんかん症状を惹起することは通常考えられない。

4 同4は認める。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1(一)ないし(四)の事実は当事者間に争いがない。

二1  成立に争いのない甲第二六ないし第三三号証、被告渋谷本人尋問の結果、被告竹島本人尋問の結果(一部)、右各尋問結果により竹島車の写真と認められる検乙号各証、検丙号各証、弁論の全趣旨によれば、本件事故現場は、東西に通ずる幅員約四・四メートルのアスフアルト舗装道路と南北に通ずる幅員約四メートルの同舗装道路とが交差する信号機の設置されていない十字型交差点であり、交差道路の左右の見とおしは相互にわるく、普段東西道路の方が車両の通行がひんぱんで、南北道路側の右交差点手前には一時停止線が設けられ、交差点の北方は行き止まりになつていること、被告渋谷は渋谷車を運転して東西道路を時速約三〇キロメートルで西から東に進行し、本件交差点にさしかかつたが、南北道路の見とおしがわるいのにもかかわらず、通行車両はないものと軽信して、そのままの速度で直進したところ、南北道路を南から北へ進行してきた竹島車を右前方約七メートルに発見し、危険を感じて急制動の措置に及ぶも間に合わず、自車前部を竹島車の左側後半部に衝突させ、自車は交差点内に西に向けて停止したこと、被告竹島は竹島車を運転して南北道路を時速約三〇キロメートルで南から北へ進行し、本件交差点を認めて時速約一五キロメートルに減速したが、交差点の前方が行き止まりになつていることに気を奪われ、左右の見とおしがわるいにもかかわらず、そのまま進行して交差点中央付近に達したところ、自車左側部に渋谷車に衝突された衝撃を感じ、あわてて急制動の措置をとるも右衝撃のため自車を右に回転させながら衝突地点から北方に約一〇・七メートル逸走させ、おりから右交差点北方において子供用自転車で遊戯中の原告に自車を接触転倒させたこと、以上の事実が認められ、被告竹島本人尋問の結果中右認定に反する部分は全く信用できず、他に右認定を左右する証拠はない。

右認定事実によれば、本件交差点のように左右の見とおしがわるい場合には、自動車運転者としては一時停止又は徐行するなどして左右の安全を確認してから進行すべき注意義務があるのに、被告渋谷及び被告竹島はいずれもこれを怠り、漫然と右交差点に進入した過失があるものといえ、両名の右過失によつて本件事故が惹起されたものといい得るので、右両名は民法七〇九条、七一九条による不法行為責任を負うものというべきである。

2  被告渋谷が渋谷車を所有していたことは原告と被告渋谷との間で争いがなく、他に特段の主張立証もないから、被告渋谷は運行供用者として自賠法三条の責任を負う。

被告稲城が竹島車を所有し、自己のために運用の用に供していたことは原告と被告稲城との間で争いがないので、被告稲城は自賠法三条の責任を負う。なお、被告稲城は本件事故について被告竹島に過失はない旨主張するが、前記1認定のとおりであつて、右主張は失当として採用できない。

三  損害

1  受傷

成立に争いのない甲第二ないし第一一号証、第三七、第四二号証、乙第一ないし第三号証、証人西川方夫、同乾正彦の各証言、原告法定代理人親権者母藤本喜代子の供述(以下母喜代子の供述という)、弁論の全趣旨によれば、左の事実が認められる。

(一)  原告は本件事故により頭部顔面左右下腿の打撲擦過傷を負い、八尾徳洲会病院で治療を受け(昭和五三年一二月一〇日から昭和五四年一月一一日まで通院実日数五日)、頭部等のX線撮影では異常なしと診断されたものの、事故後まもなく夜間身体を硬直させるなどの症状があらわれたため脳波検査を行つたところ、昭和五三年一二月一八日覚醒時の脳波で左後頭頂部に異常波(徐波)が認められ、同部位に器質的変化が存するのではないかとの診断が出されたこと

(二)  その後、原告は北野病院に転医し(昭和五四年一月一八日から昭和五六年一二月二二日まで通院実日数五六日、以後も通院中)、昭和五四年一月二五日脳波検査を、同年二月二日CT検査を行い、いずれも特段の異常は認められなかつたものの、同年三月に睡眠中うめき声をあけ手足をけいれんさせるなどのことがあつたため、さらに同年四月四日脳波検査を行つたところ、入眠期に非定型ながらてんかん波である棘徐波の結合した脳波が誘導部位に全般的にみられたとの結果が出たこと

(三)  さらに、同年五月中旬ころには昼寝のときにもけいれんが出現するようになり、山本梅新診療所にも依頼して同月三一日脳波検査を行つた際には特に異常は発見されなかつたが、同年七月四日の同診療所での再度の脳波検査の際には、覚醒時には異常がなく、過呼吸時に群発徐波が出現し、睡眠中に棘波を伴う群発徐波が全誘導部位に出現したことから、このころ、原告の症状については、臨床所見や脳波所見から大発作型のてんかん症との診断が下され、その原因については、本件事故前原告には二歳当時一度熱性けいれんがあつたことを除いて特段のけいれん発作等の既往症がなく、右事故後まもなく身体の硬直けいれん等の症状があらわれていることなどから、担当医師は、右事故の際の頭部の外傷によるものと判断していること

(四)  そして、同月五日から抗けいれん剤であるコミタールの投与を開始したが、副作用がみられたので、同月一九日てんかん発作の抑制剤としてヒダントールFの服用を始めた後、同年一〇月に一回発作様の状態があり、同年一一月二〇日にも発作があつたほかは特段の発作は出なくなり、その後の同年一二月三日(山本梅新診療所)、昭和五五年五月二七日(北野病院)の各脳波検査にもてんかん波の出現は認められず、前記投薬によりてんかん症状の発現がほぼ抑制されているとして、同年一〇月一四日には頭部外傷Ⅱ型、外傷後てんかんの症状固定の診断を受け、右は自賠法施行令二条別表の後遺障害等級九級に該当するものと認定されたこと

(五)  ところで、前記ヒダントールFは長期間服用していると白血球が減少し病気感染に対する抵抗力が弱くなる、出血しやすい、肝臓に障害が出ることがあるなどのかなりの副作用を伴うことが知られているものの、発作を抑制するためには服用も止むを得ない状態であり、将来の見とおしとして原告が半永久的にこれを使用する必要があるかどうかについてはいまだ経過観察中であり、そのため原告は今後も通院を余儀なくされていること

以上のとおり認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定事実によれば、原告のてんかん症は本件事故の際の頭部外傷に起因するものと認めるのが相当である。

なお、被告らは請求原因に対する認否及び被告らの主張欄記載のとおり原告のてんかん症状が本件事故と因果関係を有しない旨主張する。しかしながら、明らかな頭部外傷前に特段の病的けいれん等の既往がなく、外傷後にてんかん症状があらわれた場合には、他にてんかんの素因の存在を疑うに足る資料がない以上、頭部外傷がてんかん症状の発現に相当因果関係を有するものと認めるのが相当というべきである。

被告渋谷の指摘する外傷性てんかんと認めるための六要件については、証人西川方夫の証言にもあるように、今日では外傷性てんかんと診断されたもののうちウオーカーの分類といわれる右六要件を全部充足する例はほとんどないといわれているのであり、この六要件のいずれかを充足しないからといつてただちに外傷性てんかんでないとはいい難いし、また、その各要件についてみるに、その(2)(3)に関し、被告渋谷は原告が二歳のころ一度熱性けいれんを起こしたことがあるから右を充たさない旨主張するが、母喜代子の供述によれ、事故前のけいれんは右の一度だけであり、その後事故時まで他にけいれん発作等はなかつたことが認められるし、幼児の発熱によるけいれんは何もてんかんの素因のみに基く症状とも限らず、証人西川方夫も右熱性けいれんと本件のてんかんとの関係についてはわからない旨述べており、以上によれば、右病歴をもつてただちに原告にてんかんの素因があつたとは認め難く、他に病的素因等を認めるに足る証拠のない本件においては、被告渋谷のいう(2)(3)の要件を充足しないとはいえないところであり、右病歴をもつて因果関係否定の根拠とはなし得ない。

次に、被告渋谷は原告の傷害は前額部打撲にすぎず意識消失もなかつたとして(4)の要件に反する旨主張するけれども、証人西川方夫が証言するように意識消失が外傷性てんかんの決定的要因とはいえないし、ウオーカーの分類した要件自体をみても、脳損傷を主眼とし、頭皮挫傷も意識障害(消失とまでは言つていない)もない軽い頭部打撲では脳損傷をおこし得ないとするのであり、この点について、事故時の状況をみるに、前記認定のように原告は衝突後逸走回転してきた竹島車に接触転倒して頭部を打撲し擦過傷を負つたものであり、接触転倒の具体的状況は必ずしも明らかではないものの、事故の態様自体からして原告の頭部に強力な外力が加わつた可能性は十分に考え得るし、事故直後の原告の意識については、意識消失はなかつたとしても、幼児で泣いていた原告の意識の状態がどのようなものであつたのか十分に認知しうべき資料のないことなどの諸事情に照らすと、原告の症状が前記(4)の要件を充足しないとまではいい得ないし、意識消失のなかつたことが本件事故と原告のてんかん症との因果関係を否定するものとまでは評価し難い。

そして、前記(6)の要件については、証人西川方夫の証言にもあるように、受傷部位と脳波の異常部位とが必ずしも一致するものではないし、脳波の各誘導部位が刺激しあつて異常波部位が拡大することもある等の事情からすると、右(6)の要件に関する被告渋谷の主張についても、本件の因果関係否定の根拠とはなし得ない。

2  治療費 三六万五二三〇円

成立に争いのない甲第一二ないし第一八号証、第三八号証、第四一号証の一、二、母喜代子の供述、これにより成立の認められる甲第一九号証、弁論の全趣旨によれば、八尾徳洲会病院において治療費四万〇四一〇円(現実には四万六〇九〇円を要したが、差額五六八〇円は請求外)を要し、北野病院において昭和五四年一月一八日から昭和五六年一二月二二日までの治療費として二六万六六六〇円を要し、山本梅新診療所において脳波等検査料五万八一六〇円を要したことが認められ、右認定を左右する証拠はない。

3  通院関係費 二八万九二六〇円

(一)  通院交通費 九万七二六〇円

母喜代子の供述、これにより成立の認められる甲第一九号証、第三九号証の一、二、弁論の全趣旨によれば、原告は、母喜代子の付添のもとに、昭和五四年一月一八日から昭和五六年一二月二二日までの間、北野病院と山本梅新診療所に通院するについて、交通費として合計九万七二六〇円を要したことが認められ、右認定を左右する証拠はない。

(二)  通院付添費 一九万二〇〇〇円

成立に争いのない甲第二ないし一〇号証、第一二ないし第一八号証、母喜代子の供述、これにより成立の認められる甲第一九号証、第三九号証の一、二、弁論の全趣旨によれば、原告は本件事故後昭和五六年一二月二二日まで前記各病院に少くとも六四日通院したが、右通院については原告が右事故当時四歳の幼児のため母喜代子の付添を要したこと、母喜代子は夫藤本昇のプラスチツク加工業の事務を手伝うほか、家庭の主婦として家事にたずさわり、母として原告及び長女藤本智子(昭和五二年一二月一九日生)の養育等にたずさわつていたが、右通院付添の日には右のいずれかについても十分に全うすることができず、長女智子の世話も尼崎市在住の姉花房きぬ子に子守を依頼することを余儀なくされたことが認められ、右認定を左右する証拠はない。

右認定の事情に基き、母喜代子について付添人として代替性がなくその仕事主婦あるいは母としての日常に支障を生じたことによる損害を金銭的に評価すると、これを原告の通院付添費として一日当り三〇〇〇円程度とすることをもつて相当性の範囲を逸脱しないものと認めることができる。

従つて、通院付添費は右三〇〇〇円に前記付添日数六四を乗じた一九万二〇〇〇円と認められる。

なお、原告は、母喜代子の通院付添による休業損害を賃金センサスに基き六四日分二九万二三五二円と算出し、これを通院付添費として主張し、さらに、長女智子の子守費一日当り二〇〇〇円合計一一万二〇〇〇円を通院中子守費として主張するけれども、前者については、母喜代子の収入が賃金センサス程度に達するかの立証が不十分であるほか、右通院付添による家業の手伝いや家事労働その他に及ぼす支障の程度についても必ずしも全面的なものとまでは認め難い等の事情のある本件にあつてはいまだ右主張どおりの損害として認めることはできないところであり、また、後者については、本来通院付添費の損害項目に含まれるべき性質のものであつて、本件においても姉に子守を依頼した等の事情を考慮のうえで通院付添費額を相当性の範囲内で認定しているのであつて、独自の損害としてさらに認めることはできない。

4  逸失利益 三二九万八五三八円

前記認定のように原告の外傷性てんかん症は後遺障害等級九級に該当するので、右後遺症による労働能力喪失の程度については、その症状及び昭和三二年七月二日労基発第五五一号通達の労働能力喪失率表を参照するほか、原告のてんかん発作の発現が服薬によつてほぼ抑制されている事実や薬剤の服用期間や副作用について経過観察中であることなどもあわせかんがみ、原告の就労の始期を一八歳とすると三〇歳程度までの一二年間に限り三五パーセントと認めるのが相当である。

ところで、原告の症状固定は昭和五五年一〇月一四日であるから、原告の後遺症による逸失利益を算定すると、症状固定の年である昭和五五年賃金センサス第一巻第一表産業計企業規模計労歴計男子労働者一八ないし一九歳の平均給与額一五〇万〇七〇〇円に、労働能力喪失割合にあたる〇・三五を乗じ、さらに右症状固定時(原告六歳)から労働能力の制限される期間の終期(原告三〇歳)までの年数二四に対応する新ホフマン係数一五・五〇と右症状固定時から就労の始期(原告一八歳)までの年数一二に対応する同係数九・二二との係数差六・二八を乗じて得た三二九万八五三八となる。

5  慰藉料 七〇〇万円

前記認定の本件事故の態様、原告の受傷、通院状況、後遺障害の内容程度、今後も通院し経過観察を要し、服薬による副作用が懸念されること等諸般の事情を考慮すると、慰藉料は七〇〇万円が相当と認める。

6  物損 五〇〇〇円

母喜代子の供述、弁論の全趣旨によれば、本件事故の際原告の乗つていた子供用自転車は二万円程度で購入したもので、事故により前部の篭と左の補助輪が曲がるなどして破損したことが認められ、右破損の部位等からみて修理可能で、その修理費用は五〇〇〇円程度と認めるのが相当である。

7  合計 一〇九五万八〇二八円

四  損害の填補 九〇二万〇六八〇円

請求原因4の事実は当事者間に争いがない。(なお、被告渋谷は同4(二)の支払額三六万〇六八〇円は実際には三六万六三六〇円と主張するが、その差額五六八〇円は、前記三2の八尾徳洲会病院の治療費の請求額と証拠上認められる額との差額部分に該当し、請求外のものであるから控除の対象にならない。)

五  弁護士費用 二〇万円

本訴の審理経過、認容額、その他諸般の事情によれば、弁護士費用としては二〇万円が本件事故と相当因果関係にある損害と認められる。

六  よつて、原告の本訴請求は、被告らに対し、前記三の損害合計から前記四の填補額を控除して前記五の弁護士費用を加算した二一三万七三四八円及びこれに対する本件事故の翌日である昭和五三年一二月一一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 矢延正平)

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